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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)1940号 判決

主文

被告人を罰金二五〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都〓飾区亀有三丁目三二番一〇号に本店を置き、同区亀有三丁目一一番八号においてバー「ナイトスポツト」を経営し、同店に係る料理飲食等消費税について、東京都都税条例第五四条第一項により地方税法第一一九条第一項所定の特別徴収義務者として指定されていた有限会社中野商事の代表取締役として、同会社の業務全般を統括していたものであるが、同会社の業務に関し、昭和五一年一二月から同五二年九月までの間、別紙(一)不納入税額一覧表記載のとおり、右会社が「ナイトスポツト」の利用客から各月において徴収して納入すべき料理飲食等消費税合計五三三万五二七四円をそれぞれの納期限までに東京都に納入しなかつたものである。

(証拠の標目)(省略)

(主な争点について)

一  特別徴収義務者について

地方税法一一九条一項は、料理飲食等消費税(以下「料飲税」という。)を特別徴収によつて徴収しようとする場合においては、料理店の経営者その他徴収の便宜を有する者を当該都道府県(同法一条二項参照)の条例によつて特別徴収義務者として指定し、これに徴収させなければならない旨規定し、これをうけて東京都都税条例五四条一項は、同条例四九条の場所の経営者を特別徴収義務者とするいわゆる包括指定をしているところ、弁護人は、この点に関し、本件バー「ナイトスポツト」の経営者は有限会社中野商事(以下「中野商事」又は「会社」という。)ではなく、当時被告人の妻であつて、起訴後離婚した中島ヨシ(以下「ヨシ」という。)であると主張しているので、以下、この点につき判断する。

まず、関係証拠によれば、本件バー「ナイトスポツト」については、本件犯行当時、中野商事の代表取締役である被告人の妻で、同会社の取締役であつたヨシが風俗営業等取締法や食品衛生法上の営業許可名義人であつたことが認められるが、地方税法一一九条一項にいう「経営者」とは、右のような名義人のほか、実質上の経営者を含み、この実質上の経営者とは、自己の計算において当該料理店等の事業を営み、したがつて、この事業収益の帰属する個人又は法人をいうものであつて、これも東京都都税条例五四条一項にいう「経営者」に含まれると解されるところ、前掲各証拠及び弁護士平井二郎の証明願に対する東京都〓飾都税事務所長作成の証明書三通によれば、次の事実が認められる。

すなわち、

1  中野商事は、昭和四二年九月一八日に飲食業の経営を目的として設立された有限会社であり、昭和四八年一〇月ころからは、東京都〓飾区亀有三丁目三二番一〇号に事務所を置き、右事務所において、本件バー「ナイトスポツト」のほか、別に開店されたバー「節」、バー「紅ばら」等の店舗の売上伝票の整理等の事務を行つていたこと

2  本件バー「ナイトスポツト」は、昭和四五年八月ころに開店されたものであるが、その店舗家屋及び敷地は、中野商事の名義で山口茂信から買い受けられ、その旨登記もなされているのであり、その購入代金も中野商事の名義で足立信用金庫旭町支店から借り受けられたものであること

3  本件バー「ナイトスポツト」の売上金、受取小切手等は、日計表とともに中野商事の前記事務所に届けられ、会社の事務員において元帳等に記帳処理したうえ、前記足立信用金庫旭町支店等の会社名義の預金口座に入金されていたこと

4  本件バー「ナイトスポツト」に係る料飲税は、これまで多数回にわたり、中野商事振出名義の約束手形で支払われており、また、同店の利益については、これが中野商事の法人税の申告の中に取り込まれていて、ヨシによる事業所得の申告納付や事業税の納付等はないこと

5  本件バー「ナイトスポツト」で使用される酒類等の買掛代金は、中野商事振出名義の約束手形、小切手等で支払われ、また、客に対する飲食代金の請求も、中野商事名義の請求書でなされ、更に、株式会社ジエーシービー等との加盟店契約も会社名義でなされていること

6  一方、被告人は、中野商事の代表取締役として、本件バー「ナイトスポツト」のほか、前記バー「節」、バー「紅ばら」等を統括、指揮し、ヨシは、中野商事の取締役兼「紅ばら」のママとして、主として同店を管理、運営していたこと

7  ヨシは、本件バー「ナイトスポツト」には、一晩に数回顔を見せる程度で、ほとんど同店の向い側にある「紅ばら」に居り、「ナイトスポツト」の管理、運営は、事実上、同店店長の中村代四男に委ねられていたこと

以上の事実が認められる。右事実によれば、本件バー「ナイトスポツト」の経営者は、中野商事であり、中野商事が東京都都税条例五四条一項にいわゆる「経営者」であると認めるのが相当である。

弁護人は、(1)そもそも飲食店の経営は、ヨシが被告人と知り合う前から営んでいたものであり、本件バー「ナイトスポツト」も同女が経営の拡張として始めるに至つたものであつて、中野商事は、単に金融機関からの借入れ、不動産の購入、クレジツト会社との契約等の便宜のために設立されたものに過ぎないものである、(2)したがつて、風俗営業等取締法及び食品衛生法上の各許可申請もヨシ個人名義でなされており、(3)また、東京都〓飾都税事務所長に対する本件バー「ナイトスポツト」に係る料飲税の特別徴収義務者としての登録申請も、ヨシ名義でなされて受理され、納付もヨシ名義で行われている、(4)更に、ヨシは、本件バー「ナイトスポツト」の売上金等を同店の店長から受け取り、これを一たん自宅に持ち帰つた後、翌朝会社の事務所に届けているが、その間に、同女は、随時、右売上金の中から自由に家族の生活費等に充てるため、金銭を取り出しており、これについて、会社も異議を述べていないこと等の事実を指摘して、本件バー「ナイトスポツト」の経営者がヨシ個人である旨主張する。しかしながら、前掲各証拠によれば、右(1)の点については、中野商事は、そもそも飲食業の経営を目的として設立された会社であり、現に、ヨシ個人がそれまで経営していたバー「ばら」も会社経営とされ、更に、昭和四六年九月ころに開店されたバー「節」も会社経営とされていること、右(2)の点については、真実は中野商事が「ナイトスポツト」の経営者であるから、本来会社名義で許可申請がなされるべきであるのに、被告人及びヨシにおいて、個人名義で許可申請をすれば早く許可がおりるものと考え、ヨシ個人の名義で許可申請がなされたものと認められること、そして、右(3)の点についても、右風俗営業等取締法上の許可申請がヨシ個人名義でなされたため、これに従つて、同女名義で登録申請がなされたものと認められ(なお、何びとが実質上の経営者であるかは、特別徴収義務者の登録を要件とするものではないから、たとえ、その経営にかかる料理店等について別人が右の登録申請をして受理され、以来その者の名義によつて同店舗の料飲税が納付されている事実があつたとしても、このことは経営者の特別徴収義務者としての地位に何らの消長も及ぼさないと解すべきである。)、また、前記バー「節」の特別徴収義務者としての登録が依然として刈部サダ名義となつているなど、必ずしも登録名義人が経営者であるとは認め難い事情があること、右(4)の点については、確かに、ヨシが「ナイトスポツト」の売上金の中から、随時、生活費等に充てるため、金銭を取り出していたことは否定し得ないところであるが、しかし、同女は、これを役員としての報酬又は「紅ばら」のママとしての給料のつもりでもらつていたというのであり、また、かかる同女の行為が黙認されていたのも、ひつきよう、同女が会社の代表取締役である被告人の妻であつたからにほかならないと考えられるから、これをもつて同女が「ナイトスポツト」の経営者であると認めることはできないこと、以上の事情が認められる。こうした事情にかんがみると、弁護人の前記主張は到底採用することができないのであつて、本件バー「ナイトスポツト」の経営者は、前認定のとおり、中野商事であると認めるのが相当である。

二  計算違い及び接待分について

弁護人は、裁判所の認定した別紙(一)の「課税標準額」欄記載の各金額につき、その真実の額は、別紙(二)の(A)欄記載の金額から、同(B)欄及び(C)欄記載の各金額を差し引いた金額であると主張し、その理由として、

1  本件起訴に係る売上の中には、従業員の計算違いにより客から取り過ぎた分も含まれており、昭和五一年一二月分、昭和五二年二月分、同年三月分、同年八月分及び同年九月分については、検察官主張の別紙(三)の上段に記載された金額は、それぞれ、真実は下段に記載された金額であるから、これに従つて計算されるべきであり、そうとすると、その差額は、別紙(三)の「差額」欄記載のとおりとなり、

2  また、昭和五一年一二月分、昭和五二年一月分、同年二月分及び同年四月分ないし九月分については、別紙(四)記載の各売上は、真実は中野商事の得意先等に対する接待で、当初から代金請求の意思のなかつたものであるから、これは課税標準額の中に入らず、したがつて、右各金額は、検察官主張の課税標準額の中から控除されるべきであると主張している。

よつて、検討するに、

1  計算違いについて

前掲各証拠によれば、別紙(三)記載の各売上については、バー「ナイトスポツト」の従業員において個々の利用客に対して請求する飲食代金及びサービス料の合計額を内訳金額から集計する過程において計算違い等をし、真実は、弁護人主張のとおり、下段に記載された金額を客に請求すべきであるのに、誤るなどして、この金額を上回る上段記載の金額を請求していたことが認められる。

ところで、地方税法一一三条一項は、料飲税は料金を課税標準としてその行為者に課する旨定め、同条二項は、「前項の料金とは、何らの名義をもつてするを問わず、遊興、飲食及び宿泊並びにその他の利用行為について、その対価又は負担として支払うべき金額をいう。」と規定している。したがつて、この料金とは、利用行為者である客が現実に支払つた金額と常に同視すべきものではなく、利用行為の対価又は負担として支払義務を負うことが経営者との間で合意された金額をいうが、特段の事情のない限り、現実に請求され、利用行為者である客において支払いに応ずることにつき異議をとどめなかつた金額をいうものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、関係証拠によれば、本件バー「ナイトスポツト」の料金に関する取扱いをみると、なるほど料金表やメニユー等により利用客が料金の明細や内訳を了知し得る措置の講じられていたことまでは否定できないものの、格別見易い場所に掲示されていたとはいえないばかりか、料金請求の場合にも単に最終合計金額だけが告げられ、利用客の要求でもない限り内訳や明細が説明されることもなく、現金払いやクレジツトカード利用者に対して発行される領収証も、単に最終合計金額だけが記載されており、公給領収証も飲食代とサービス代の各合計金額の記載される場合はあるものの、それ以下の内訳は記載されておらず、付け、すなわち掛け売りの場合に利用客に送付される請求書にも内訳や明細の記載まではなかつたことが認められる。そして、本件で弁護人が指摘する売上についても、利用行為者である客は、店からの前記誤つた請求に対して、特に異議を述べず、請求された金額をそのまま支払い、あるいは、いわゆる付けにしていたもので、店においても、本件発覚まで右の誤りに気づいておらず、もちろん、会社において取り過ぎた分を返還し又は返還しようとしたことはなく、後日たりとも利用客から異議の述べられた事跡もなく、本件が発覚しなければ、恐らくこのままで推移したであろうと考えられること等の事実が認められる。以上の事実によれば、本件において、前記地方税法一一三条二項にいわゆる「対価又は負担として支払うべき金額」とは、本件においては、「ナイトスポツト」の従業員が客に請求し、客もこれに異議をとどめなかつた金額、すなわち、検察官主張の別紙(三)の上段に記載された金額をいうものと解するのが相当であり、「ナイトスポツト」の従業員の計算間違いは、単に、同店内部における請求金額決定上の計算間違いに過ぎず、右の「対価又は負担として支払うべき金額」に影響を及ぼさないものと解すべきである。弁護人の右主張は採用することができない。

2  接待分について

前掲各証拠及び伝票写七通(弁護人請求証拠番号2ないし8号証)によれば、本件バー「ナイトスポツト」においては、客一組ごとに売上伝票一通を作成し、その裏面に担当ホステス名等を記載して、いわゆる付け客の場合には、同女等に回収責任を負わせ、更に、会社事務所に備付けの売掛帳にも、ホステス等ごとに、同女らが代金回収責任を負担する付け客名等を記載していたこと、また、従業員が飲食して付けにした場合には、右売掛帳にその旨を記載していて、こうした売掛帳記載の分については入金あるいは後期繰越として処理されている事実が認められる。そして、こうした処理のなされた分については、中野商事において当初から料金請求の意思がなかつたとは到底認められず、せいぜい貸倒れの有無が問題となるにすぎない。

しかし、会社備付けの右売掛帳に記載されていないものについては、前記のように売上伝票を作成し、元帳にも記載されているという点で疑問は残るものの、押収してある売掛帳一葉(昭和五七年押第七号の17)や第四回公判調書中の証人竹内京子の供述部分のほか、被告人の公判供述によれば、当初から会社に代金請求の意思がなく、ひいて接待分と認める余地があると思料されるので、これを押収してある売掛帳二綴(前同号の20及び21)について検討するに、結局、別紙(四)記載の売上のうち、番号4、8ないし15、17、19ないし21、23及び24の各売上を接待分とみるほかはない(なお、番号18については、「紅ばら」の売掛帳に記載されている。)。そうとすると、右各接待分は、別紙(二)の(A)欄記載の金額から控除すべきこととなり、その結果は、別紙(一)の「課税標準額」欄記載のとおりの金額となる。弁護人の主張は、右の限度において理由があるといわざるを得ない。

三  更正額と起訴額との関係について

弁護人は、本件料飲税の不納入については、中野商事は昭和五三年一一月二〇日付で東京都〓飾都税事務所長から更正処分を受けているから、中野商事の納入すべき税額はこれによつて確定し、検察官がこの更正額を超える金額について被告人を訴追することはできないものと解すべきところ、検察官は、本件昭和五二年二月分、同年三月分、同年五月分及び同年七月分について、右更正額を超えて起訴(訴因変更)しているから、その超過部分の起訴は不当であると主張する。

しかし、料飲税については、地方税法一一九条二項により、毎月末日までに、前月の初日から末日までの間において徴収すべき料飲税に係る課税標準額、税額その他当該都道府県(同法一条二項参照)の条例で定める事項を記載した納入申告書を都道府県知事に提出し、及びその納入金を当該都道府県に納入する義務を負うとされていて、右期限までに客観的に正当と認められる納入金を納入する義務があり、右期限までに納入しない場合は、期限徒過と同時に不納入犯は成立するのであつて、行政処分によつて初めて成立するものではない。そして、右不納入犯に対する刑事裁判は、刑事訴訟手続によつて不納入額を含む当該犯罪事実を認定し、これに対する刑罰権を具体的に確定するものであるから、これと目的、性質を異にする行政手続において不納入犯成立後に課税標準額ひいては納入すべき税額につき異なる更正処分がなされたとしても、右不納入犯の成立や成立範囲に何ら影響を及ぼすものではなく、もとより検察官ひいては刑事裁判所がこれに拘束されるいわれはない。弁護人の右主張は採用することができない。

なお、弁護人は、右超過部分については被告人に不納入の犯意がなかつた旨主張するが、前示のように本件不納入罪は、更正処分前である納入期限の経過とともに成立するものと解されるから、弁護人の右主張は、その前提を欠き、失当として採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも地方税法一二二条四項、一項に該当するところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算した金額の範囲内で被告人を罰金二五〇万円に処することとし、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は、バーを経営する有限会社中野商事の代表取締役である被告人において、同会社の業務に関し、一〇か月にわたり、合計約五三〇万円の料飲税を納入しなかつたというものである。被告人のなした申告率はいずれも二ないし三割であり、申告分の納入もいずれも期限後であるうえ、自宅や「ナイトスポツト」を処分するなどして他店舗分の納入などに努力したものの、本件不納入分の相当額が未だ納入されていないこと等に徴すると、犯情は芳しくなく、風俗営業等取締法違反による罰金刑の前科四犯等のあることなどにかんがみると、その刑責は軽視することができない。

しかしながら、不納入額は判示の程度にとどまり、期限後にしろ納入された金額もあるうえ、もとより利用客からすでに徴収している分について、これが不納入は実質上、横領罪にも該当するとすらいわれているところであるが、犯行の動機は資金繰りの悪化等により経営難に陥つたという点にあるのであつて、積極的に利得を目的としたものではなく、売上の中には料金の回収できなくなつたものもある等の被告人に有利な事情も認められ、その他被告人の反省の程度、資産状況等本件に顕われたすべての事情を総合勘案し、主文のとおり量刑する。

別紙(一)

不納入税額一覧表

〈省略〉

別紙(二)

課税標準額についての検察官・弁護人の主張

〈省略〉

別紙(三)

検察官・弁護人の主張金額

〈省略〉

別紙(四)

弁護人主張の接待売上

〈省略〉

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